2011年01月14日

いなり寿しを食べよう 2月1日


 川口では、初午(はつうま)に、いなり寿しを食べる習わしが昔しからあります。
2011年は、2月1日が初午です。

 初午とは2月の最初の午の日をいい、この日は全国各地の稲荷神社で祭礼が行われます。稲荷神社は、食物の神、農耕の神である宇迦之御魂命が祀るものです。初午は春の耕作の初めに田の神をオクヤマからサトにお迎えするという意味がありました。祭礼は、二の午、三の午と続きます。
 
 稲荷は、火伏せ(ひぶせ)の神様でもあります。近くでは、王子稲荷神社(北区岸町)の火防守護の凧は有名ですね。
 川口は、昔から鋳物屋さんが多く、火を扱うので、稲荷を多く祀っていました。川口神社も
宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)を祀っており、鋳物の守護神となっています。
 西川口では、東口の駅近くに、まさき稲荷があります。

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川口神社(転載

 初午のときは、工場も火を休めて祭日とし、いなり寿しを食べました。

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いなり寿し(転載

 2011年は2月1日が初午なので、いなり寿しを食べたいと思います。

 鋳物工場が多かった金山町、本町あたりには、昔しながらのいなり寿しを売っているお店があります。「キューポラのある街」にも出てくる本町の和菓子屋「太陽堂」さんは昔から営業しており、昔しのままのふっくらとしたいなり寿司を売っています。

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太陽堂(転載

 第一回川口B級グルメ大会(2008)で優勝した「キューポラ定食」に入っていた「鉄骨いなり」も、もちろん、川口のいなり寿しの食文化を引き継いだものです。ちなみに定食セットのもうひとつのメニュー「雷すいとん」は、川口の安行などで食べられていた「だご汁」を、元にしたものだそうです。

 昔なつかしい食の習慣、大切にしてゆきたいですね。
 
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2011年01月11日

小麦まんじゅうを食べよう 1月20日!


【新春特別企画】小麦まんじゅうを食べよう

むかし川口では、1月20日、小麦まんじゅうや麦こがしを食べるのが習わしでした。
昔なつかしい味を食べてみませんか?

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千葉県のホームページより

西川口の和菓子「有明」さんに特別の協力で、小麦まんじゅうのシンプルな味を再現、復刻してつくっていただけることになりました。

この機会にぜひ食べてみたい!という方、お気軽にコ・ラボ西川口までお立ち寄りください。なくなった場合は「麦こがし」をお出しします!


企画:【新春特別企画】小麦まんじゅうを食べよう
日時:1月20日(木)12時00分〜14時00分
参加費:100円
    ※限定30コ(限定)
     お茶をお出しします
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2011年01月10日

まゆ玉団子をつくろう 1月14日


 川口では、昔し、1月14日、まゆ玉団子といって、米の粉で団子をつくって、お供えとする習わしがありました。門松など正月の飾り付けを外して、その場所に、まゆ玉だんごが飾られるます。昔は豊作祈願の予祝行事でした。

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まゆ玉だんご(転載

 日本各地にある習慣で、団子さしともいいます。

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福島の団子さし  様々な色・かたちがある(転載

 丸だけではなく、その家でつくる作物のかたちの団子を一緒につけました。川口のまゆ玉だんごは、さといも、クワイ、その他の野菜のかたちなどのものがあったそうです。海沿いの地域では鯛をかたどった団子をつけるところもあります。

 川口では、まゆ玉だんごといっしょに、削り花(けずりばな)をつくります。

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けずり花(転載

 25cmくらいの竹の先を三分の一ぐらいまで二つに裂いて、その先をとがらし、片方にニワトコの芽のついた枝を指し、もう片方には、ニワトコを削ってつくった花を指します。

 まゆ玉団子とけずり花は、14日の午前中につくり、15日の晩に撤しました。

 今でもしている家はどのくらいあるのでしょうか?
コ・ラボでもつくってみたいと思います。

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2011年01月09日

西川口(川口市)で1日映画ワークショップ 開催 栗山宗大氏講師に


西川口のまちづくり社会実験施設コ・ラボ西川口で「1日映画ワークショップ」を開催しました。

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映画や映像を切り口にしたまちづくりに関心のある住民、子供、早稲田大学の学生ら約30人が、まちづくり社会実験施設「コ・ラボ西川口」にあつまり、栗山宗大さん(脚本家・ファイヤーワークス)を講師に、一日で、映画づくりの基本、西川口の歴史や撮影ポイントを学び、脚本づくりから、配役、演出、撮影、編集を自分たちでこなし、最後に映画上映会をおこないました。

イベントの企画の中心になった鏑木亜紗実さん(早稲田大学人間科学部3年)は、「映画を通じて今後もつながりを広げてゆけたら」と意気込んでいます。

参加者の子供たちからは、「おもしろかった」「またやりたい」などの声があがりました。

栗山さんは、最後にシェークスピアの言葉を引用し、「人生すべては劇場」、映画は人づくり、まちづくりにとてもおおきな効果がある。「国語、算数、映画」といわれるように、映画づくりが社会に浸透したらいい、と期待を語り、会を締めくくりました。

コ・ラボ西川口では今後も続きの企画をおこなってゆきます。



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2010年12月26日

大正時代の西川口 −夜空にホタルまう田園−


 文献資料を見ながら、印象深い地域の記述を抜き書きして画像を加えるメディアミックスの「西川口ストーリー歴史編」を作成してみたいと思います。初回は仁志二町会の創立30周年記念誌『町会のあゆみ』に掲載された「大正時代の思い出」という伊藤輝子さんの文章からです。(*)とあるのは注を加えた箇所です。

           *         *         *         *


「田圃が多く、6・7月頃になると青青とした稲田に日暮を待っていたかの様に蛙が鳴き出し、蛍が合図をしたかの様に青い光をピカッピカッと放ちながら舞っているのを家の中から見てうっとりしたものです。

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 秋の刈取り頃に稲子取りをした事。蕨へ通じる農道、人道兼用の狭い道の片側に柳の木*1)が植えてあり、刈り取った稲束を干すのに「ヤライ*2)」として使っていた事。

 戸田との境にあまり高くない堤があり、横土手と呼び、土手に沿って川が流れ、大きなシジミが沢山とれ、ダンゴ掬*3)を持って取りに行った事。
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川でシジミ採り*4)

 西川に大八車が通れる位の石橋があり、6尺巾位の道が横曽根北(現北町町会)へ通じ、北町との境近くに小川があり土橋がかかっていて、そばに庚申様と呼ぶ石像が奉ってあり、歯の痛い時にお願いすると治ると聞かされてお参りした事。

 風呂敷に本、石盤、石筆を包み、通学路であった中道と呼ぶ砂利道を登校中の冬の朝、転んで石板をメチャメチャにして泣いて家に帰った小学1年の頃。

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石盤*5)

 又、新田中に電気がつき、毎日学校から帰ると7個のランプのホヤ磨きから油差しをしていた私は掃除をしなくて済むのにも増して、明るい所で家中の者が食事をし、本が読めると大喜びした小学5年か6年の頃*6)。7月の天王様(八雲神社)*7)のしし舞の見事だった事。

 目を閉じると大正の頃の新田が浮かんで来ます。新田中で14軒しかなかった家*8)も今は何倍にも増え、よい街になりました。」



 *1)原文ではオワンとあるが、椀→蛯ゥ。
 *2)稲を刈り掛けて干す仕掛け
 *3)金属の丸い網。おたま。
 *4)埼玉県のページより転載
 *5)上田市立博物館 石盤と石筆 転載
 *6)1914年(大正3年)5月 横曽根村に電気が供給される。
 *7)北区岩淵町
 *8)大正時代の横曽根村の人口は3,413人(大正9年国勢調査)


出典
伊藤輝子,大正時代の思い出,町会のあゆみ,仁志二町会創立30周年記念誌編集委員会編,川口市仁志二町会,p39,平成2年9月1日(1990)

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2010年12月19日

鷹狩をみる


2010年12月19日今日は、鷹狩を再現する放鷹(ほうよう)実演を練馬区立石神井公園ふるさと文化館に見に行きました。

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 鷹狩(鶴御成 明治期 尾崎征男氏蔵)

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 石神井公園ふるさと文化館

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 オオタカ

川口は昔、将軍の御鷹場でした。
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徳川十三代将軍御鷹野之図(板橋区立郷土資料館蔵)

鷹狩令(1628)によれば、江戸五里(約20km)の四方に徳川幕府の御鷹場が設置されています。
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*堀江家文書「御城より五里四方鷹場惣小絵図」
宝暦13(1763)年以降(首都大学東京図書館情報センター蔵)より転載

徳川将軍は鷹狩行列で移動しながら狩りをしました。
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鷹狩り絵巻(板橋区立郷土資料館蔵)

資料*によれば江戸北部の地図の赤いところは岩淵筋という御拳場(おこぶしば)で、木部藤左衛門が管理していました。川口市もそこに属します。平柳(現在の川口元郷)に御捉飼場(おとりかいば)があり、鷹狩当日は将軍は錫杖寺を休憩所としました。
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鷹狩はユネスコ世界無形文化遺産に登録されたそうです。練馬区のイベントは、NPO法人日本鷹匠協会の皆さんの実演でした。鷹匠の団体もたくさんあるようです。
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騎馬が茂みから鳥を追い出して、鷹に捉えさせます。
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鶴、雁、鴨、白鳥、雉、鶉、鳩、雀などを捕りました。ヒナから仕込むと自分よりも大きな鶴や鴨に挑むそうです。将軍や旗本がそれを狩後に御膳で食べました。
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鷹道具之巻(東京都江戸東京博物館蔵)

オオタカの雌の動画(mp4ファイル形式)。タカは雌のほうが大きいです。

「狩り」は人間が忘れそうな「環境と対峙し糧を得る野生に生きる力」を呼び覚ましてくれそうです。この雌はイギリスから輸入して訓練中だそうです。子供たちは大興奮です。

若い学生さんたちも入門していました。コ・ラボのスタッフも興味津々です。
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川口でも、平成17年に「伊奈サミット」のときに川口の鷹狩実行委員会(平田修一会長)によってリリアパークで実施したそうです。またやりたいですね。今度は鷹狩行列から鴨料理などの御膳まで絵巻の世界を川口で体験してみたい気がします。

【参考】
御鷹場−徳川将軍家の鷹狩−練馬区立石神井公園ふるさと文化館(2010)

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2010年12月17日

市役所通りの緑のはしら

今日は散歩をしました。市役所の通りは、電柱が緑化されていてとても快適です。

緑はちょうど人間の背丈くらいです。
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植栽ますは、通行人が歩きやすいように進行方向に伸びたかたちをしています。
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伸びるようにうまくマットを使っています。
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冬でもよく元気に緑をつけており、目を楽しませてくれました。
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2010年12月15日

大正期までの川口の恋愛作法 ハタヤマイリ


 昔川口には沢山の織物屋さんがありました。その事は、前の記事で書きました。
織物工場は女性の職場です。たくさんの女工さんが働いていました。

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小林古径 《機織》1926年 東京国立近代美術館

 ハタヤマイリ(機屋まいり)といい、男たちは、日が暮れるころに機屋を訪ね、奉公に来ている娘に逢いに行きました。女工は東北などから出稼ぎにきている人が多かったようです。

 男女の知りあうきっかけは、祭りの夜が多かったのでした。
 9月14日の峯ヶ岡八幡神社(川口市峯)の宵宮祭りや、10月14日の力神社(川口市伊刈)の宵宮祭りの芝居の興行には女工さんがたくさんきていたので、青年たちはハタヤマイリのきっかけをつくることができました。また、12月15日の飯塚氷川神社(川口市本町)のおかめ市、12月25日の氷川神社(鳩ケ谷本町)の熊手市にも行くと帰りが遅くなり、歩いて帰ってくると、知りあう機会がありました。

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おかめ市(飯塚氷川神社)(転載

 また、1日と15日に駄菓子屋にいくと、織物屋が休みだったので女工さんがたむろしていたので、知りあうきっかけとなりました。

 ハタヤマイリは、昭和5、6年まであった習慣です。当時は大半は見合い結婚でしたから、とてもロマンがあったことでしょうね。
 機織りの娘たちの歌も残っています。

 ”機屋にくるときゃ 草履できてね 下駄だと跡が残るから”


資料
 川口市史 産業と生活 P323

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2010年12月08日

青縞プロジェクト スタート


 「青縞(あおじま)プロジェクト」を始めます。蕨宿から川口宿にかけて、とくに川口市の横曽根地区では、縞模様の綿織物がさかんにつくられていました。この青を基調とした縞文様のデザインを現代に活かすプロジェクトです。

 埼玉南部地域の荒川沿いは、江戸時代は徳川幕府直轄地で戸田領横曽根村でした。綿織物の歴史は古く、その起源は、塚越村(現蕨市の西川口との境周辺)の高橋新五郎が文政8年(1825)に織機を改良工夫して精緻な「青縞(あおじま)」を産出したことにはじまります。青縞とは、タテ糸もヨコ糸も同じ藍染の糸で織られた無地紺です。
 
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青縞(あおじま)

藍染めを空気にさらす(酸化)際に、糸をくまなくさらさないと、白いままの糸がところどころにできて染めむらとなります。その糸で織りあげると、予期しない白い筋がタテに入ります。それが青縞です。

 その後、文久元年(1861)に初めて洋糸を使用して、木綿双子縞の製織を試み、これに成功しました。双子縞とは太縞の両側に細い縞を配した縞柄です。日本最初で「塚越双子縞」の名で広く販売され、「埼玉双子」「東京双子」と呼ばれるようになり、世の称賛をうけました。

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双子縞(ふたごじま)

 蕨市のホームページによれば、塚越の高橋家には4冊の縞帖が伝わっているそうです。近代産業史の資料として貴重なもので、蕨市の指定文化財*となっています。
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蕨 見どころ案内(塚越地区)より転載

 『川口市史』によれば、塚越村に起こった機業は、漸次、川口の横曽根・芝・前川方面に移されました。旧前川村の斎藤幸蔵ほか2,3名が相図って、青縞機を考案しました。その後、糸入結城、糸入縮、鳴門縞を織りだした、とあります。結城は絹織物、鳴門縞とは、現在の阿波しじら織(たたえ織)につながる流れでしょうか。染色業は全国各地にありますが、埼玉県南部の織物は、東京という一大消費地を控えて、早くから各地の最新の素材の肌触りの感覚や人気のデザインを取り入れつつ、綿、絹、交織などに広げて多様な展開をしていったことがうかがえます。

 安政年間(1854-1860)英国から綿糸を購入して「唐桟織」を始めてから需要が伸び、明治末期に最盛期に達しました。

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 唐桟縞(とうざんじま)

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 矢鱈縞(やたらじま)

 明治31年には横曽根村で、機業家、尾熊伊兵衛を発起人として遠山藤八ほか9人を創立委員として、「横曽根村織物組合」が設立されました。
 明治40年における川口市内の織物の生産を村別にみると、芝村と横曽根村が中心になっており、価格でみると市域の8割近くを占めています。芝村と横曽根村では、双子その他の縞木綿を、また横曽根村では、男帯、女帯も生産していました。

 昭和21年10月25日、市域周辺の繊維・織物業者15工場が集まり、繊維復興祭がおこなわれました。その後、飛躍的に伸び、上青木、前川、神根、芝方面に多く立地し、昭和30年には82工場にまでなってゆきます。当時の綿織物は、金巾(旗などによく使う)、粗布、細布、天竺、ポプリン、仁斯(ジーンズ)、雲斎(足袋の裏地の斜織)、フランネル、ギャバジン、厚織などで、地下足袋、縞風呂敷、シーツ、座布団カバー、こたつ上掛け地、タオル、工業資材など、各上場の持ち味を生かして多様な織物生産がおこなわれていました。関連産業である紺屋もおおいに栄え、昭和25年に川口、鳩ケ谷エリアで25件の染物屋が営業していました。昭和30年代に織物業は不振におちいり、他産業へ転換してゆきました。

 織物業の生産の復活は簡単ではありませんが、その歴史の中で培われた「縞」のデザインを現代の多方面の暮らしやプロダクトデザインに活かすことはできます。

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地元サッカーチーム「アヴェントゥーラ」の青の縞文様

 埼玉県内では、2007年12月に「埼玉織物サミット」が川越で開催され、各地から14団体が集まるなど関心が高まってきています。
 
 蕨市内では、「中仙道蕨宿双子織復興会」が組織されています。群馬県館林市の染色業者さんの協力を得て双子織の復興の努力を始めています。

 川口市でも、藍染、形成デザイン(文様)に興味のある方と連絡をとりながら研究会をつくり、狭い意味での青縞、双子縞をふくむ、様々な縞模様のデザインを勉強することから始めたいと思います。研究会については気軽にお問い合わせください。とくに古い風呂敷、衣類、はぎれ類をお持ちの方がいたらぜひお教えください

【参考】
川口市史
縞のデザイン わたしの縞帖, ピエ・ブックス, 2005年
幕末から明治にかけての横曽根村を中心とした川口市域の織物業のついては以下が詳しい。「幕末・明治初年における埼玉県南部地方の綿織物業,竜谷大学,社会科学研究年報、創刊号,昭和45年3月)

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2010年11月28日

コミュニティサポートスチューデンツ 早稲田・明治・跡見学園女子・大東文化大で設立


2010年11月28日、「コミュニティ・サポート・スチューデンツ(CSS)」という組織を、早稲田大・明治大・跡見学園女子大・大東文化大の学生が中心となって立ち上げました。
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地域を支援する活動を、大学の垣根を越えて連携しておこない、地域貢献、参加型学習、アクションリサーチなどを目的とした新しいかたちの緩やかなネットワーク組織です。

西川口の地域の皆さんと交流会を「ちゃい九炉」で開催、大いに盛り上がりました。
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CSSで何ができるか?何をすべきか?今後の活動を模索しながら活動してゆきたいと思います。川口市の「コ・ラボ西川口」は、「知の磁場」として、多様な活動をしてゆきたいと思います。

今後ともよろしくおねがいいたします。


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川口B級グルメ大会盛大に終了


川口B級グルメ大会(2010年11月29日)すごい人でした。
コ・ラボ西川口の「武州ムギ坊−浜味噌風味−」の前です。
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東口の世界のグルメ大会の風景です。
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両方合わせ、5万人以上だそうです。

優勝は、「異味香」(イーウィシャン)の「彩の国黒豚焼シューマイ」でした。

コ・ラボ西川口の「武州ムギ坊−浜味噌風味−」も、1000食、完売しました。
終了時刻よりかなり早く終わってしまいました。

川口の味「麦みそ」を1000人の方に食べていただけたことがなにより嬉しく思います。

また、「麦みそ」を食べる機会をつくっていきたいと思います。
今後ともよろしくおねがいいたします。


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2010年11月27日

2010年11月28日(日)川口B級グルメ大会


2010年11月28日(日)川口B級グルメ大会です。

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「武州ムギ坊−浜味噌風味−(ぶしゅうむぎぼう はまみそふうみ)」をコ・ラボ西川口は、出店します(Aエリア)。
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川口の名産品っである浜防風(はまぼうふう)を、昔は川口の特産品であった「麦みそ」を復刻し、「ミソの街かわぐち」にしたいという願いを含め「埼玉県産のムギ味噌」に練りこみました。

浜防風は宮中晩さん会などに使われる日本文化の高級食材です。

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「B」級を超えた「S」級の味をぜひご賞味ください。

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西川口プロジェクト 麦の巻・家の巻


川口市の「麦プロジェクト」

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専門的に議論が活発しそうなので、別な専門ブログを立ち上げました。

西川口プロジェクト 麦の巻・家の巻

http://colabnkgproject.sblo.jp/

今後はこちらにコ・ラボのメンバーで書いてゆきたいと思います。
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2010年11月24日

埼玉県川口市 源左衛門農場で麦まき


このブログの前の記事でお邪魔した、早舩さんの源左衛門農場(埼玉県川口市)を再び訪ねました。

早舩源一郎さんに相談したところ、「麦、実験的にまいてみましょう」、ということになりました。

今日は麦まきの日です。天気にも恵まれました。

「祖父までは麦をつくっていたんですよ」と源一郎さん。
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手なれた手つきで畝(うね)をつくっていきます。
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間隔をあけて線上にまいて、2センチくらい土をかけます。
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コ・ラボ西川口のメンバーも丁寧に撒いていきます。
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手が慣れてきました。
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6月に小さな収穫祭が楽しみです。
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「きのうは、キムチづくりのワークショップしたんですよ」

「サイクリングロードでもあるといいですね、川沿いは気持ちいいですよ」

早舩さんは、スローライフの楽しいことをいつも考えている。
源左衛門農場でまた元気をもらいました。


源左衛門農場(げんざえもんのうじょう)
埼玉県川口市源左衛門新田122番地
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2010年11月21日

プランターで麦!さしあげます★


プランターに麦の種子を、まいてみました。さっそく芽が出ました!

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うまくいけば、来年の6月に穂がつく予定です。

コ・ラボで、プランターにいくつか、育てています。

もし「私も育ててみたい!」という方、

麦を差し上げます

また、発芽したプランターを希望の方、さしあげます★
(先着5名様)

推奨まきどき11月20日ころまでですが、12月の上旬まで大丈夫です。

以下「コ・ラボ西川口 麦プロジェクト」まで、
種子またはプランター希望と、メールでご連絡ください。

offer@colabnishikawaguchi.jp
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2010年11月15日

調査研究の事務スタッフ急募


川口市西川口駅周辺地区まちづくり基本構想策定調査委託事業を早稲田大学で受託することになりました。その調査研究の事務スタッフを急募いたします。本募集は、埼玉県緊急雇用創出事業によるものです。ご関心のある方は、積極的にご参照ください。

彩の国仕事発見システムよりアクセスください。よろしくお願いいたします。

事務(商業・流通)
https://www.shigoto.pref.saitama.lg.jp/kyushoku/job_offer.asp?number=18035

事務(建築・都市計画)
https://www.shigoto.pref.saitama.lg.jp/kyushoku/job_offer.asp?number=18036

事務(事業補助)
https://www.shigoto.pref.saitama.lg.jp/kyushoku/job_offer.asp?number=18037


以上
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2010年11月13日

みそ料理 研究会


味噌をつかった川口の料理や食文化について、最近、懇談の場をもっています。

NPO法人緑を創る会の川本昇さん、川本八重さんが、今日の講師です。
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主題は、「ひや汁」です。
主役は、ゴーヤ味噌です。味噌、ゴーヤ、その他いろいろな味が入った川本さんの特製です。
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ごはんに、ゴーヤ味噌、きゅうり、ごま、そして、冷たいお水をかけて・・・
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特製「ひや汁」のできあがり。
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カンタンで、おいしい!ヘルシー。
夏バテのときでも、おいしくたべられそうです。

「ひや汁」、すっかり癖になりそうな予感です。
特製「ひや汁」の素、手元に置いておきたい逸品です。



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2010年11月12日

麦、とどく。


麦みそ復刻プロジェクト、すこしづつ、進めています。「いちから、つくる」というこだわりです。麦を社会実験で育てられないか検討を始めました。

はだか麦の新種の、トヨノカゼを取り寄せて、本日届きました。
とても丸く、見るからにおいしそう。

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食べたい・・・のをがまんし、まける畑を探すことにします。

まずは、プランターにでも、まいてみようと思う。
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2010年10月12日

武州ムギ坊-浜味噌風味-プロジェクト


11月28日の、川口B級グルメ大会まで、あと50日となりました。

使用するごへいもちが届きました!

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だんだん気持ちが高まります。

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駅前緑化 行政の評価委員会を終了


JR西川口駅西口の駅前緑化するプロジェクト、行政に先日提案したところ、評価委員会が開催され、本日いってきました。

駅前はみんなの空間であるにもかかわらず、緑が少ない現状です。

趣旨はたいへん賛同していただけました。
課題は、管理です。どうやって水をあげるかです。

地域でいしょに育ててくれるを協力者を募集する予定です。スタンプカードのしくみも考えていますのでご協力をお願いいたします。

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花、緑にご関心のある方も、そうでない方も、どうぞよろしく応援お願いいたします。

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